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厄介な反すう思考

反すう思考がわずらわしい。定期的に繰り返し同じことを考える症状が起きる。誰にでもあることのようだが、私の反すう思考は、くよくよ考えるというのとは少し違う気がする。主体的に考えるというより、プログラムが自動で起動するかのように繰り返し思考が始まる。

確かに人との会話の中でちょっと失敗したと思うことではあるけど、致命的なことではないし悔やむほどのことではない。と、私の脳に君臨する主人格たる自我は理解しているのだが、そんな自我とは裏腹に反すう思考は平行処理的に起動する。

私に起きる反すう思考は以下のようなものである。

  • 過去の人との会話のリピート再生とこう話せばよかったという修正(過ぎたことを考えてもしょうがないのはわかっている)
  • 近い将来、会う人との会話のシミュレーション(必要なことだが何十回もやる必要はない)
  • 過去のどうでもいいような出来事(大抵はネガティブなものだが根に持っているわけではない)

主人格の私はこのような反すう思考に辟易としている。ある本で酒に酔った時など何かの拍子に表に出てくる自我をプログラムになぞらえゾンビプロセスと呼んでいたが、私の反すう思考もまさにその名が相応しい。

一見欠陥としか思えない反すう思考だが、進化論的に考えると有益な面もあるらしい。反すう思考にネガティブな内容が多いのは、同じ失敗を繰り返さないために記憶を定着させる役割があるようだ。会話のシミュレーション的な思考も実際の会話で失敗するリスクを減らすためにあるようだ。

人類はメモを取れる環境がなかった時代を長く生きてきたわけだし、繰り返し考えることは記憶を定着させる上で今よりも重要な役割を担っていたのだろう。

と、このように反すう思考について書いていると、反すう思考が止まるというのも不思議なことである。自分自身で自分の脳が制御できないのは、プログラムで例えると最上位の権限がないとアクセスできない領域があり、私の主人格はその権限を持っていないかのようである。