隠匿的読書生活

囚われがちの脳を読書で解放

無(最高の状態)を読みました

最近、自己とは脳の機能が生み出した幻想に過ぎないという話を、よく目にするようになった。受動意識仮説という仮説によると、時系列に出来事を記録する脳機能のことを自己と錯覚しているだけではないかという。

本書の中でも、脳の物語思考の機能が自己という幻想を生み出しているという。自己とは何かを科学的アプローチを交えて説明。物語思考を弱め、仏教でいう「無」を体験するための実践方法を説明している。

脳にまつわる本の中には、事故で脳が損傷したり、脳に腫瘍ができると、人格が変わってしまう話はよく紹介されている。そのような話に馴染みがある人は、自己が幻想であるという話を受け入れやすいのではないだろうか。

本書でいう物語は、自分主人公物語というと分かりやすいと思う。人は過去から現在までの出来事を、時系列に物語性を持たせて考える傾向がある。その物語は未来へも伸びていく。この物語の主人公である自己を絶対視してしまうこと、それが仏教で言うところの我執であり、苦の原因なのだ。

本書でピダハンというアマゾンの先住民が紹介されている。彼らは、我々のように過去や未来を憂うようなことはなく、現在にのみ重きを置いているという。彼らの言語には、過去や未来を表す言葉もあまりないらしい。それゆえか、鬱症状を抱える者もいないそうだ。

別の本で読んだプナンという狩猟民族についても同じようなことが書かれている。

ピダハンの本は紙の本しかないようだが、こちらはKindleでも読める。この本の内容からも、私たちの過去や未来を考えすぎる物語思考は、文化的背景による価値観も影響しているとわかるだろう。

過去や未来を憂う物語思考は、空想混じりであることは、誰しも認めるところだと思う。過ぎたことを、くよくよ悩む自分に嫌気がさすことはよくある。未来の多くは予測できないから悩みのほとんどは空想に過ぎない。実際には起きなかった悩みも多いだろう。

現実からそのような空想の物語を切り離す。これが少しでもできるようになると、物語に付随する自己も切り離される。自分主人公物語は、自己と物語がセットになっているからだ。そして物語が切り離された瞬間、絶対視していた自己が薄れ、無を体感できるのだ。

本書では物語切り離しの実践方法をいくつか挙げているが、瞑想もそのテクニックの1つなのだ。本書で好感が持てるのは、瞑想が全ての人に有効とは限らない、人によってはネガティブな感情が増加したり、自己意識が強化される場合もあると書いていることだ。

私も瞑想は苦手だし嫌いである。ASD傾向のある私は、呼吸観察のような退屈なことに集中できるはずもなく、むしろイライラしてくるのだ。本書では瞑想以外のテクニックも複数挙げた上で、自分に合ったものを選べばいいとしている。

特に本書で超越性という名で紹介されているテクニックは、誰でも無を体感しやすくてよいと思う。旅先の自然の景色に目を奪われる経験は誰しもあるだろう。この時、物語思考による自己が消えることを体感できるはずだ。そこにあるのは風景への認識だけである。

自然に限らず、見たことがないような近代的デザインの建造物や、高層ビルから都市部の夜景の明かりを眺めた時など、何かに見いる状況になると、物語思考が停止して自己が消えることを確認できる。こういう我を忘れるような体験を超越性というらしい。

超越性を経験している時、その体験を言葉で説明できず、脳が物語を生成しないことで自己が発生しないのだという。確かに言葉を口にしても、素晴らしい、きれいだとか、ありふれたポジティブな単語くらいだろう。この超越性による無は誰でも体験しやすいものだ。

私は以前から定期的に一人旅をするようにしている。行ったことがない場所、頻繁には来ない町へ行くと、脳が物語生成より、風景の認識に意識を割くことを体験できる。そうすると、狭くなっていた思考から解放され、気分がリフレッシュでき、新しいアイデアが浮かんでくるのだ。

日常と多少なりとも異なる環境へ行くと、内面より外の認識に集中するようになるのは、狩猟時代の名残りかもしれない。集落の外で命の危険を警戒しながら、食料を探すようなことはよくあっただろう。だから、今も日常と違う場所へ行くと、脳が環境へ集中するのかもしれない。今となっては時代錯誤の反応かもしれないが、その反応は利用できるものだ。

本書では、超越性以外にも脳の反応を逆手にとったような物語思考停止のテクニックが紹介されている。例えば、同じ単語をしきつめた紙を見つめたり、その単語を繰り返し唱える方法だ。しばらくそれを続けると、脳が飽き始め、意味飽和という反応が起きて思考が停止する。これも誰でも簡単に試せる方法だ。

このように瞑想のような難易度が高いものだけでなく、誰でも手軽に無を体験できるテクニックが色々紹介されている。脳が自己を作り出しているという脳科学的概念に馴染みがない人も、こうした体験から自己の存在を疑うことができるようになると思う。

本書にもう1つ好感が持てることは、深刻な問題を抱えているなら、その現状からすぐ逃げ出すこと、身の安全を確保することを優先するように書いていることだ。現実にある深刻な問題がある中、物語思考を一時停止したところで、すぐ現実の問題に引き戻されるだけである。

仕事は面倒ながらも、日常生活は送れているし休みもあるが、心が満たされない。過去の経験にとらわれコンプレックスがあり、恐れから今の行動を狭めてしまう。自己嫌悪にさいなまれる。そのような空想の自己に悩む人たちが読者対象である。